出会いを探す事は悪くない
まず出会いを探すという行為自体は悪いことではない、むしろ『3次元の女なんて糞の地雷しかいねーじゃねーか、そんなのと結婚んするくらいなら俺は出会いなんか存在しなくてかまわないね、』と言ってアマゾンで初回限定版のゲームの予約開始時間に張り付いて必死に更新ボタンを連打しているような人間よりは出会いを探しているだけまだまだまだ少しはマシと言ったところだろうか?ちなみに出会いを出会い系サイトで探す行為はまぁいいとしてもせめて出会いの物件だけはきちんと考えて選んだほうがいいだろう、何故なら出会い系サイトを利用するような人間はだいたいどこか『何かある』タイプの人間である事はまず間違いないからである。
出会ったのは神様の女の子でした?
出会い系サイトで出会うための物件、つまり相手はきちんと選んだ方がいいだろう、場合によっては見た目は可愛くても精神的にアレな物件にぶつかる事だってある、たしかに見た目が可愛いのならば精神的にちょっとアレな感じのアレな方向にジグザグしているくらいならなんとなく我慢できるんじゃないかと思っちゃったりしましたか?残念、本当に真性のかまってちゃんの規模はまさにBC兵器並の殺傷力を秘めています。最初はいいかもしれませんがだんだんとアレになってくるのはまず間違いないでしょう。例えば深夜の決まった時間にかかってくる電話の着信なんか結構アレにアレですが、こんな女の子と出会って本当に幸せになれますか?無理でしょう。
出会い系サイトには他にも地雷が埋まってるぞ
他にも出会う手段が出会い系サイトだけだと言う人は気をつけた方がいいだろう、何故なら出会い系サイトに眠る地雷は先の電波女さんだけではないからだ。例えば実は子持ちのバツイチ元人妻の女性から、宗教勧誘のために出会い系サイトを利用しているような人など出会い系サイトはきっと風水的にもわるい何かの通り道になっているに違いない、例えば仮に宗教勧誘系の女性と仲良くなったとしよう、もちろん宗教に入れるのが最終手段ですから最初の内に宗教勧誘である事は明かさないだろう、そして出会ってからある程度仲良くなったかな?と言う時期に『ねぇアナタも祈ってみないか?』なんて事を言い出したらいよいよ危険がワーニングといった具合である。